飯尾和樹の経歴とは?売れなくても頑張り続けたその半生

芸人

早々にフィーチャーされるもすぐには芽が出ず、独自路線を歩む中で世間がようやくその持ち味を認めるようになり、次第に活躍の場を広げていったのが、ずんの飯尾和樹さんです。

飯尾和樹さんの経歴

飯尾和樹さんは1968年12月22日生まれで現在53歳です。両親が区役所勤務というお堅い家庭で育った飯尾和樹さん。テレビ番組をよく見る子供で、その影響もあってか高校卒業後、お笑いを志すようになり、1990年に浅井企画へ。

その後もなかなかブレイクしない中、関根勤さんに認められ、コサキンのラジオや舞台に呼ばれていきます。その姿を見たテレビ局のスタッフによって抜擢されたのが笑っていいとも。2000年に水曜レギュラーとして抜擢されたものの、あまりにも地味でハネようがなかったため、早々に降板。

2000年代に入ってからは細々とお笑いの仕事があったものの、なかなかブレイクにつながらない日々。それでも若手時代に仕事をしていたスタッフが責任者となっていく中で仕事をもらえるようになり、徐々に活躍の場を拡大。現在は俳優、タレントなど幅広く活躍する人物として地位を築き上げました。

40歳でも諦めなかった

飯尾和樹さんがブレイクをしたのは40代後半と、かなり遅め。しかも40歳の頃には家賃の工面も厳しいような状況でした。芸人として食べていけるからこそ続けられるのにそれができないのはなかなか大変。まして40歳でその状況になると普通は諦めそうですが、飯尾和樹さんは清掃業を営む元芸人の後輩に頭を下げ、清掃のアルバイトを行います。

清掃のアルバイト自体は数カ月程度でしたが、すぐに仕事が舞い込むようになり、ブレイクまで1つずつ階段を上がる日々。40歳で諦めてもおかしくない中、結果的には諦めることなく、そしてその直後に結婚をするなど、大きなターニングポイントとなりました。

タモリからの言葉

笑っていいともに出演していた飯尾和樹さんですが、タモリさんの家に遊びに行ったこともあるのだとか。その際、「時代は追うな」という言葉をもらいます。あるあるネタやリズムネタなどその時々でブレイクするネタは変わりますが、その流れに乗っからない方がいいというのがその大きな意味。

結果的に自分にとって面白いことばかりをやるようになった飯尾和樹さん。世間がようやくその面白さに気づき、その魅力を知るようになると連日何かしらのテレビに出るような存在になっていくのでした。

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